いろいろ故障には見舞われるけど
電車の運転士を20数年もしていると、本当に予期せず故障に見舞われるものです。
特にちょいと古い車両になってくるとその確率は上がってきて、それこそ晴天の日の駅出発時にノッチを入れると、空転もしていないのにオーバーロードしちゃったなんてこともありますし、走行中に突如速度計が0キロを指して動くなくなったりもします。
細かい機器の故障なんて昔は本当に多く、ワイパーが動かなくなったとか、気笛が鳴りっぱなしになったとか、前照灯の切り替えができなくなったなんてこともありますし、古い車両の列車標識灯(急行灯とか通過標識灯とも呼ぶのかな)なんて白熱電球だったから切れることもよくあって、乗務員室内灯の電球を抜いて差し替えたりとか、その手のことはごく普通に起こっていました。
ただカムモーターが動かなくなって進段しなくなったのは一度きりでした。
急に加速が悪くなり
抵抗制御の昔ながらの車両で、進段していくときにはガタン、ガタンと一段ずつ動いていることが乗務員室でもよく聞こえ、ノッチを切ると最初のポジションに戻るのでガラガラガラという音がよく響く、そんな車両でした。
駅を出発する際は基本的にすぐにフルノッチに投入すれば、あとは自動的に抵抗を組み合わせて(抜いていき)徐々に加速していきます。
この車両はノッチ段数は4段で、1ノッチは全抵抗投入、2ノッチは直列最終段、3ノッチは並列最終段、4ノッチに入れると弱め界磁となっていて、起動時から4ノッチに入れるわけですね。
ちなみに私がいた現場ではノッチを最終段に入れることを〝パラ〟と呼んでいて、パラレル=並列から来ているようですが、だとするとこの車両の場合は3ノッチでも〝パラ〟のはずが、3ノッチの場合は〝3〟と呼んでいました。
雨天時はよく空転する車両で、並列の最終段となる3ノッチでうまく引っ張って空転をできるだけ抑えるようにする車両だったのですが、この日は晴天。
駅を出てすぐ勾配に差し掛かる線形で4ノッチまで入れているのですが、50キロあたりから全然加速しない。
アンメーターの針は一定の値を指したままだし、ガタン、ガタンという進段の音も聞こえてこない。
雨天時に3ノッチで引っ張っている時とちょうど同じくらいの速度なので、並列から先に進段していないようでした。
制御器リセット
制御器系の不具合ですから制御器リセットスイッチをとりあえず操作することになりますが、操作するためにはノッチを切ってからになります。
20‰を超える上り勾配で50キロほどで走行中にノッチを切ると、当然ですがみるみる速度が落ちていきます。
でもこのままノッチを入れ続けて50キロで走行しても遅れることは必至だし、調子が悪いと分かっているのにノッチを入れ続けるのもやっぱり怖い。
ノッチを切りました。
みるみる速度が低下していき、体感的には後ろへ下がっていくような感じです。
制御器リセットスイッチをポチっと押すと、床下からガラガラガラという音が響き始めました。
実はこの時に気付いたのですが、ノッチを切って制御器リセットスイッチを操作してもカムモーターが動かず、そのまま起動できなくなったら…。
そう思うと次の駅までノッチを入れっぱなしで運転し、停車してから操作するのが正解ですね。
この時は10キロ程度にまで速度が落ちましたが、何とか持ち直して次の駅に無事到着。
居眠りを疑われる
で、担当を終えて乗務区に戻ると、
「○○駅を出たところで異常に速度が遅かったが、運転士が寝ていたのではないかとクレームが入っているぞ」
乗車していた乗客が運転ぶりを不審がリクレームを入れたようでした。
事情を説明すると、
「おい、今は制御器リセットを使う際には必ず運転指令の許可がいるんだぞ」
この少し前まではオーバーロードをはじめ2回までは制御器リセット操作は運転士の判断で可能、3回目からは報告してから操作だったのですが、許可制に変わっていたのをすっかり忘れていた私。
乗務区の助役たちは慌てて車両課や運転指令に報告して、車両の振替の手配と点検を行ったのでした。