ATSって元々は運転士の信号見落としなどによって赤信号を冒進しないように、機械的に止めてしまおうという保安装置ですが、社局ごとに独自に発展していったために違いが大きくなっています。
なのであくまで私が勤務していた社でのATSの話になりますし、他社のATSとの違いはかなりあると思いますので、その点だけは承知の上ご覧ください。
ATSの誤動作
ATSのトラブルに見舞われた運転士って少なくないと思いますが、他社ではどうなのでしょう。
私は本当によく巻き込まれました。
ちょっとした誤作動で一瞬だけ動作する程度ならば諦めもつきますが、駅間で意味なく停止させられた時なんて腹が立つやら、車内のお客さんからの冷たい視線が恥ずかしいやらで、何とも言えない気分になります。
ある駅へ入場するため場内信号機の現示速度に合わせたところ、突如ATSの警報音が鳴り響き自動でブレーキがかかります。
こういうときって、
“まずい、やってしまった!”
と一瞬思うのですが、我に返りすぐに冷静さを取り戻して、
“いやいや、きちんと速度を合わせたぞ”
しばらくするとATSの警報音は鳴りやみ、ブレーキも緩解したので正規の位置に停車。
今度は数駅進行したところで駅に停車中にATSの警報音が鳴りだす。
“停車してるに速度超過もなにもあるか”
で運転指令に無線で状況を報告。
こんな電車を運転するのはイヤだなと思いながらその後はまた順調に進行していたけど、交代する駅のポイントを渡っている最中にまたまた警報音とブレーキが。
完全に停止してしまう間際に警報音は鳴りやみブレーキも緩解。
あわててノッチを入れて所定の停止位置まで持っていきました。
交代の運転士とともに車両課の係員と乗務区の助役が交代位置に立っています。
簡単に状況を説明して私はお役御免。
不思議なことに、この後は同じような症状は一切出なかったようなのです。
これもまたよくある話で、車両課の人が添乗してくると同じ症状って出ないことが多いのですよ。
私が運転しているときには三度も異常な症状が出たということで、車両の振り替えを行って検車区へ放り込み点検をしたのですが、症状は出ないし原因も分からないと後日聞きました。
また同じようなことがあっては困るということでATSの論理装置の交換などは行ったみたいですが。
本来の動作地点よりはるかに手前で
前方の閉塞信号機がR(赤)だったので、かなり手前から緩くブレーキをかけて転がしたりします。
特に朝のラッシュ時間帯はできるだけ緩いブレーキをかけるようにしていました。
駅に停車する時のブレーキは皆さん慣れているので、体をうまく体重移動させて倒れたりしないように自然と踏ん張っていますよね。
ところが普段止まらないような場所でのブレーキって慣れていないからか、緩いブレーキにしないと踏ん張り切れずに周囲の人にもたれかかったりします。
すると将棋倒しのような状態になり、車内はドドドッというすごい足音が振動とともに伝わってくるんです。
だから電気指令式ブレーキの車両だとブレーキを1ステップだけとか、電磁直通ブレーキならば100KPaまでとか自分なりに決めてブレーキをかけていました。
ところが停止しなければブレーキが入る地点よりはるか手前で動作することがたまにあるのです。
もうねぇ、冷や汗がダラダラ流れてきますよ。
後ろからお客さんのドドドって足音が響いてくるし、ミシミシって音が耳に入ってくるし、倒れないようにと手を伸ばしてガラスにすごい勢いで突いてしまう人もいますからね。
その瞬間に、
「やっちゃった……、日勤教育かも……」
なんてことが頭の中をよぎるのですが、すぐに我に返って前方を見ると、
「なんでこんなに手前で動作するんだ? まだ数十メートルもあるのに」
こんどは怒りが沸き上がってくるんですよ。
それで怒りながら運転指令に
「数十メートル手前でATSが動作して停止しました!」
と報告するわけです。
なぜだか私はこの事象によく当たり、全くそういった経験がないという運転士もいる中で私は年に1~2回は当たっていたような気がします。
終端駅でATSが誤作動
終点の駅で行き止まりになっている構造の場合、列車は下手すれば終端部分に突っ込んで激突すれば車内の旅客だけではなくホーム上の旅客にも被害が及ぶ危険性があります。
なのでホーム端に衝突しないようにATSで防護するために、終端防護用のATSが設置されています。
私がいた会社の場合、行き止まりとなっている形状のホーム先端辺りでは15または25Km/hの制限があり、25Km/hで進入する場合はホームの中くらいで15km/h以下のATSがあり、列車の停止位置からホームの端までの距離が短い場合には10km/hとか5km/hなどの制限を設けたATSを設置したりもします。
そして速度が少しでも高ければブレーキが動作して列車を完全停止させます。
低速できついブレーキが入ったときの衝動ってものすごく大きくて、終端防護のATSを引っ掛けてしまうと車内のお客さんは吹っ飛ぶんじゃないかというほどで、実際に転倒する方もいます。
この終端防護のATSを引っ掛けた場合、私がいた会社ではしばらく乗務停止となって机上教育を受ける羽目になっていました。
※教育とは名ばかりですが……。
でも機械ですから、たまに誤動作が起きるのです。
よくあったのは、停目にきちんと止めた後になぜだかATSが動作して警報音が鳴るケースです。
私がいた会社では終端防護のATSが動作した場合には運転指令のパネルに警報音ともにその事実が表示されます。
ふつうに止めたあとに警報音が鳴った場合でも運転指令では表示されるので、運転指令が駅の係員に指示して様子を見に来るのです。
駅の方もよく分かっていて、本当に速度超過で終端防護のATSを引っ掛けた場合には乗客が駅へ苦情を言いに行きます。
何も苦情が無いのならばまたATSの誤動作だろうって感じでした。
完全に止まってからATSが動作したところで、何の衝動も起きませんから。
私ではなかったのですが、運輸部門のトップなどが添乗していた列車が停目まで30~40m手前で停車してしまったことがあります。
停車したのはATSが動作したためだったのですが、運転士をはじめ添乗していた人たちも皆が速度超過はなかったことを確認しています。
それまでは運転士の言い訳なんて聞くこともなく乗務停止→日勤教育となっていたのですが、この一件以降は少しは運転士の意見も聞くようになりました。
今は運転状況記録装置が付いているから、詳細までわかるので冤罪はないと思うけど……。
運転士のATSスイッチの切り忘れ
運転士のミスでATSが動作することももちろんありました。
私がいた会社の車両は、今は全車両が前後スイッチ(ドラムスイッチ)を「前」位置にすると自動的にATSの電源が投入されて、「後」位置にすると自動的にATS電源がオフになります。
ところが私が運転士になった昭和の末期は、ATS電源のスイッチが前後スイッチとは独立して別に設置されている編成が半数ほどありました。
作業としては運転士が乗務員室に入ると、まずは前後スイッチを「前」位置にしてからATS電源のスイッチを投入、この流れを間違える人はいませんでしたが、終点に到着して乗務員室から出る時には前後スイッチを「後」にはするけど、ATS電源を切り忘れることがたまにありました。
運転士がATS電源を切り忘れても、たいていの場合は車掌が気付いて電源を切ります。
独特のキーンっていう甲高い音が耳に入ってきますからね。
中にはそんな音なんて気に掛けない車掌も当然いますから、車掌側の乗務員室のATSが入りっぱなしということもありました。
運転士は出発信号機の現示を確認し、戸閉めランプの点灯と車掌からの出発合図を確認し、ブレーキを全緩めにしてノッチを入れる。
速度が5Km/hが超えたところでいきなりブレーキがかかる。
運転士の側では特に何も変わったことはないが、車掌が乗務する側ではATSの警報音が鳴り響く。
運転士側のATSは、信号機がG(青)現示など進行を指示する信号の現示のため動作はしません。
ところが運転士が切り忘れた車掌側のATSはコード無し(赤信号)の状態。
※終点などに入線する際に15Km/h以下のコードを受信し、その後一定時間経過するとコード無しの状態に落下。仕様上5Km/hまでは転がすことができ、5Km/hを超えるとブレーキが入る仕組みになっていました。
それで慌てて運転士が車掌に連絡するのです。
「ごめん、運転台の上のATS電源を切ってください」
車掌がATS電源を切ると、ATSが解除されてブレーキが緩んで運転を継続できる。
ノッチが入った状態で5km/hから急ブレーキで完全停止ですから、ラッシュ時間帯だと車内からドドドドドドとお客さんが倒れるのを踏ん張るるための足音が聞こえてきて、運転士の顔面は真っ蒼になりますよ……。
ただ運転士がATS電源のスイッチを切って乗務員室を出ているのに、車掌がわざわざスイッチを入れて、走り出した途端にATSが動作するわ警報音が鳴り響くわでパニックになる、そんな車掌もいました。
「ATSのスイッチが落ちていたから入れたのですけど……」
って言って必死で言い訳する若い車掌もいました。
ATS誤作動の原因はパチンコ屋さん
線路際に建つパチンコ屋さんが店内で使っているワイヤレスマイクの電波が干渉して、走行中に突然ATSが動作して駅間で停車しそうになったことがあります。
当然無線で運転指令に報告もしたし、乗務区に戻ってからも口頭で説明もしたけど、
「お前がデッドマンを放して動作させたのだろ!」
って逆に疑われて危うく日勤教育になる寸前に追い込まれたことも……。
連続して同じようなことが同じ場所で起こればよいのですが、一週間以上同じ事象が発生しなかったりすると運転士側のミスで話を終わらせようとする、そんな会社でしたからね。
ただこの時は私の後も月に数回は発生していたので、通信関係の部署が調べてそこそこ長い期間を経てやっと原因を突き止めたって感じでした。
ATSに対して疑心暗鬼を生ずる運転士も
私が退社してからの話で元同僚に聞いたのですが、パターンATSの試験をある駅の下り線で実施していた時、なぜだか停車中の上り列車にパターンATSが動作したなんてこともあったようです。
下りホームへ列車が接近している時で、下り列車にはパターンは発生しなかったのに、停車中の上り列車にパターンが発生したというケースで一度しか確認されなかったそうです。
ATSって元々は運転士のミスをカバーするための装置で、今では様々な機能を搭載してミスが起こらないように予防する装置に変わってきています。
でも運転士に負担を掛けるような事象って言うのも少なからずあり、比較するとミスをカバーする回数よりも、負担を掛ける回数の方が多かったと私は思っています。
なので現場ではよく、無駄なATSばかり付けるな! みたいな声がベテランの運転士を中心によく出ていましたし、ATSの誤作動を複数回経験してしまうとATSに対して疑心暗鬼を抱く運転士も出てきていました。
通過駅なのに何度か誤通過防止のATSが動作した経験があった運転士は、ある時また誤通過防止のATSが動作した。
「また誤作動しやがって!」
実はその時は停車列車なのに種別誤認で通過しようとしたため、正常にATSが動作したのです。
もちろん列車種別の確認を怠った運転士が悪いのは当然です。
でもそれまでの複数回の誤動作では特に謝罪の言葉もなく機械だから誤動作するのも仕方がないとあしらわれ続け、ATSに対する信頼を一切持てなかったことも一因かなと思ったりして気の毒だったし、この一件で他の部署にさっさと飛ばされたと知らされた時はベテランの運転士を中心に、乗務区内が暴動寸前の状態になりましたしね。
逆に若い運転士はATSが無いと怖くて運転できないなんて声の方が多いようですし、ベテランの中でもATSに対して肯定的な運転士は、かなりの回数ATSに助けられたから運転士を続けていられる、それも会社には内緒だったり……。
※あくまで私がいた会社での話ですので